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横浜地方裁判所 昭和31年(レ)55号 判決

控訴人(被告) 有松貞一

同 藤江節子

右両名代理人弁護士 小林梅茂

被控訴人(原告) 青木四郎

右代理人弁護士 飛鳥田喜一

〈外二名〉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、認否、援用は左記の他は原判決事実摘示のとおりであるから、ここに引用する。(但し原判決事実中七行目カツコ内に原告とあるのは被告有松の誤記と認める。)

被控訴代理人は(一)本件賃貸借契約の期間は当初一ヶ年と定め、期間経過後期間の定めのない賃貸借に更新された。(二)被控訴人は本件店舗をすし屋に使用するため控訴人有松に賃貸したのであるが右店舗の隣りにはベニヤ板一枚をへだてて被控訴人が家族と共に居住していたのでこれを飲み屋に使用すれば被控訴人の家族とくに学童に対し悪影響を及ぼすに至ることは同控訴人において承知していたに拘らず同人はこれを飲み屋に使用するため無断に店舗の一部を改造し貸店舗として新聞広告をなすに至つたので被控訴人において転貸を拒否する旨申入れておいたに拘らず同控訴人は権利金を徴収して控訴人藤江に夜間だけ転貸し飲み屋として使用させるに至つたもので被控訴人に対する信頼関係を裏切る行為を敢てなしたものである。(三)本件賃貸借契約の解除の意思表示は昭和三一年一月中本件家屋明渡の調停期日においてした。仮りにその事実が認められないとしても、本件訴状の送達によつて解除の意思表示をした。(四)被控訴人は本訴において控訴人有松に対しては賃貸借契約の終了による原状回復義務の履行として控訴人藤江に対しては所有権に基いておのおの本件家屋の明渡を求めるものである。と述べ、

控訴代理人は、(一)控訴人有松は本件店舗の部分を賃料一ヶ月三、五〇〇円で、敷金三〇、〇〇〇円権利金三五、〇〇〇円を被控訴人に差入れ、期限の定めなく賃借したものである。(二)被控訴人より控訴人有松に対し賃貸借契約の解除の意思表示があつたことは否認する。(三)控訴人有松は同藤江に対し、本件店舗を転貸したものではなく、有松が昼間は自己の不動産仲介業の事務所として、夜間は同人の飲食店営業の店舗として各これを使用し、右夜間に限り同人の占有の下において藤江にその飲食店営業を担当させていたに過ぎないものであつて、このような関係は別段賃貸人たる被控訴人に対する信頼関係を裏切るものとはいえないから、民法第六一二条第二項の解除原因に当らない。

と述べ、

立証として、≪省略≫

理由

一、本件店舗の部分が被控訴人の所有であること、控訴人有松が昭和二九年九月二〇日被控訴人からこれを賃借したことは当事者間に争いがない。そして、乙第三号証中成立に争いない部分に、原審並に当審における被控訴本人尋問の結果を綜合すると、控訴人有松は被控訴人から本件店舗を賃料一ヶ月七、〇〇〇円、期間一年の約で賃借し右期間経過後は期間の定めのない賃貸借に更新されたものと認められ原審並びに当審における控訴本人有松の尋問の結果中これに反する部分は信用できず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

二、次に被控訴人がその主張の理由により控訴人有松に対し本件賃貸借契約の解除の意思表示をしたかどうかについて考えるのに、原審並に当審における被控訴本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば被控訴人は昭和三〇年一月中横浜簡易裁判所に対し、控訴人有松を相手どり本件店舗の明渡の調停を申立て、その調停期日に同人に対し、同人が被控訴人に無断で控訴人藤江に本件店舗を転貸したことを主張してこれが明渡を求めたことが認められるから、その際被控訴人から控訴人有松に対し本件賃貸借契約の解除の意思表示がなされたものと解するのが相当である。

三、そこで更に右解除の意思表示の効力について考えるのに、成立に争いのない甲第一、二号証、乙第一号証に、原審における証人相原進一の証言、原審並に当審における被控訴本人尋問の結果及び控訴人有松の本人尋問の結果の一部を綜合すると、控訴人有松は本件店舗をすし屋に使用するため被控訴人から賃借したもので自己の費用により店舗を改造し昭和二十九年十月横浜市中保健所から同人の名義で飲食店営業の許可を受け、すし屋を経営していたが、昭和三〇年六月頃すし屋の営業が不振になつたので、これをやめて不動産取引業に転業する一方、本件店舗を他に転貸して利を得ようと考え被控訴人には無断で店舗の一部を改造しその頃二回に亘つて神奈川新聞に貸店舗の広告をなし、被控訴人から転貸を拒まれたに拘らずその頃控訴人藤江に対し、本件店舗を所謂一ぱいのみ屋として賃料、諸経費名義で一ヶ月五、〇〇〇円を支払う約で、夜間に限りこれを使用させることを約し、その結果同年九月頃からは毎日昼間午前九時頃から午後五時頃までは有松が自ら本件店舗において恵比須屋商会という屋号で土地家屋の仲介業を営み、午後五時頃から同一二時頃までの間は控訴人藤江が淡路の屋号で飲み屋を経営するようになり、右のみ屋の経営については、藤江が女中一人を使つて営業の一切を自ら担当するほか、酒の仕入れなどは自己の名義で取引し、県に対する遊興飲食税も、本件控訴が提起されるまでの昭和三〇年度分は藤江の名義で納付していた事実を認めることができる。この認定に反する原審並に当審における控訴本人有松の尋問の結果は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして右事実からすれば、控訴人有松は被控訴人の承諾を得ずして昭和三〇年九月以後控訴人藤江に対し毎日午後五時頃から同一二時頃までの夜間本件店舗を飲み屋として使用させるため期間を定めず転貸したものであつて右は民法第六一二条第二項の解除原因に当るものと解するのが相当である。控訴人等は有松において本件店舗を藤江に転貸したものでなく、夜間に限り有松の占有の下において同人の飲食店営業を藤江に担当させたに過ぎない旨主張するけれどもこれを認めて前段の認定を覆えすに足る証拠はない。そしてかくの如く夜間に限り本件店舗を転貸しても他に特別の事情の存することが認められない本件においては賃貸人たる被控訴人に対する背信的行為であるというべきであるからこの点に関する控訴人等の主張は結局理由がない。

四、そうすれば被控訴人が昭和三〇年一月中控訴人有松に対してした前記賃貸借契約解除の意思表示は有効であるから本件賃貸借契約はその頃解除によつて終了したものというべきであつて、控訴人有松は右賃貸借の終了による原状回復義務の履行として控訴人に対し本件店舗を明渡すべき義務があり、控訴人藤江は何らの権限もなく本件店舗を占有しているものというべきであるから、その所有権者たる被控訴人に対しこれを明渡すべき義務がある。従つて控訴人等に対する被控訴人の本訴請求はいづれも理由がある。

よつて、これと同旨の原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条に基き、本件控訴を棄却し、控訴費用につき、同法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山村仁 裁判官 島田稔 千種秀夫)

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